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2019年10月の記事

2019年10月12日 (土)

523 旧荒浜小学校に行くには

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仙台市の震災遺構「旧荒浜小学校」に、行ってきました。

仙台駅から、まず地下鉄東西線で、「荒井」にむかいます。

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地下鉄の運賃は、大人310円。

(まえは300円だったような。消費税が上がって、10月から値上がりしたのですね。)

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乗車時間は、14分です。

案外、はやいです。

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荒井駅からは、バス。

2番乗り場です。

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「旧荒浜小学校行き」というバスが、あるのです。

荒井駅から、七郷小学校や、農業園芸センターなどを経由するルート。

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時刻表の上では、乗車時間は、15分たらず。

この日は日曜日、昼間は1時間に1本あり、毎時、59分に出発します。

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車内は空いていましたが、

何人か、旧荒浜小学校前まで、乗車された方が、いらっしゃいました。

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目的地は、バス停の目の前です。

周辺には建物はなく、この旧小学校だけが、そびえていました。

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この日は、案内の方を、お願いしていました。

1時間弱、お話しをいただきました。

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東日本大震災から、8年。

けっこう忘れていたことがあるなあ、というのを、思いださせてくれる場所でした。

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津波で流されてきた樹木?などが衝突した跡が、そのまま残されています。

海岸の方向には、ほぼ何もありません。

立派だった松林も、まばらになってしまったまま、、、。

もう、わかっていることとはいえ、やはり、衝撃的な光景です。

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このあたり、震災前は、普通に集落だったのです。

うちも、何度か、海水浴に来ていました。

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当時のまちの、立派な模型が。

そうそう、ここにセブンイレブンがあって、むかいにガソリンスタンドがあって、、、

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よく覚えています。

海水浴のとき、クルマを停めた駐車場も、確認できました。

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3月11日、14時46分に、三陸沖を震源とする巨大地震が発生。

マグニチュードは、9.0でした。

およそ1時間後に、仙台市の沿岸に津波が到達。

その高さは、海上では10mを超えていたといいます。

当時も、荒浜小学校の面する深沼海岸には、堤防がありました。

それと、松林が、面的に広がっていた。

これにより、荒浜地区に到達する津波の高さは低くなり、また、南北に刻まれた貞山掘により、さらに低くなっていたそうです。

しかし、それでも、1階は完全に水没するレベルでした。

すべてを、がれきとなって、すべてを流し去って、いきました。

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2回の壁に、痕跡がありました。

水位を示す汚れが、水平に線上に刻まれていました。

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屋上に避難した子供たち、先生、地域の人々は、320人。

夜を徹して、ヘリコプターで、翌日には全員が救助されたそうです。

地震発生時には6℃くらいあった気温は、深夜には氷点下にまで冷え込んでいたとのこと。

そういえば、あの日、夕方は少し吹雪いていた。

夜、停電の中を、ヘリの爆音が、響きわたっていた。

足の踏み場もなくなった家の中を、懐中電灯の光で片付けながら、

ラジオで、沿岸部の壊滅的な状況を聞き、絶望感におそわれていた、、、

そんなことが、思いだされました。

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この地区には、もう住宅が建てられることは、ないそうです。

公園などとして、整備が進められていました。

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かさ上げ道路は、間もなく開通するとのこと。

復興工事の進捗も、確認することができました、、、。

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見学には、1日ざっと300人が、訪れるそうです。

考えてみれば、仙台市では、津波災害の痕跡を見て学習できる場所って、ここしかないのかもしれません。

重たい、しかし現実として受け止め、そして次の災害に命を守れるように。

様々な思いを胸に、施設をあとにしました。

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