2018年4月15日 (日)

505 今年も野球観戦

2018年の、プロ野球シーズン。

対戦カードが、あと1試合で、ひとまわりです。

我が楽天イーグルスは、ここまで14試合やって、わずか、3勝。

1つの引き分け、そして、10敗。

なにやってんですかね・・。

筆者も、2試合観戦して、2敗です。

このあたりで、勝ち試合が、みたいです。

てことで、日曜日のデーゲームに、行ってきました。

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午前中は、会社で少し、仕事(エライですね)。

あおば通駅から、JR仙石線で、球場へ向かいました。

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お昼は、1時間に、4本といったところ。

およそ15分間隔くらいで、発車してるようです。

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地下ホームです。

始発なので、運よく、座れました。

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あおば通

仙台

榴ケ岡

宮城野原

と、4駅めです。

運賃は、140円。

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電車に乗ってる時間は、10分もないのではないでしょうか。

けっこうスグに、着いてしまいます。

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宮城野原駅から、球場までも、歩いて10分かからないくらい。

到着です。

グランドの天然芝が、鮮やかですね。

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この日は、イーグルスが、初回に8点を先制!

あとはスンナリいってくれればよかったのですが、ズルズル感の場面もあり。

結局、12-6で、ゲームセット。

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池田投手、プロ初勝利です。

おめでとう!

  **

昨年は、出張が多く、なんやかんや15試合くらいしか、行けませんでした。

今年は、20試合くらい、見に行きたいと思っています。

 

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2018年4月 9日 (月)

504 仙台文学館に行くには

青葉区北根2丁目の、仙台文学館。

どのへんだか、わかりますか。

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パッと見、地下鉄の台原や、旭ヶ丘から行けそうですが、それだと、軽く山越えになります。

てことで、バスです。

仙台駅前から、市バスで300円。宮城交通バスで320円。

でも、いずれ市バスも同じ運賃になるのかも、しれません。

本数は、宮城交通バスのほうが、多そう。

とある土曜日に、行ってきました。

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バスプールからだと、主に、2番、3番、4番、6番のりばから、行くバスが出ているようです。

あわせると、1時間に、4本か5本は、あるのではないでしょうか。

ただ、このバスに乗れば仙台文学館に行ける、という情報は、バスプールの掲示物からは、なかなか得るのは難しいです。

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2番のりばだと、文学館のほうに行かないバスもあるので、3番か4番に絞れば、いいのではないでしょうか。

ちなみに、最寄りは「北根二丁目・文学館前」です。

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バス、きました。

3番のりばから、乗ることにします。

「宮城学院前」行き。

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え~っと、この日は、すいてました。

ていうか、あまり人は、乗ってませんでした。

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いつも不安になるのですが、このバスで、はたして大丈夫なのか。

国道48号にさしかかるとこで、ん? もしかして左折するのか?

と思ったら、右折でした。大丈夫です。

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車内前方に、路線図は貼ってあるのですが、

自分がどのバスに乗っているのか知るすべがないので、あまり意味はありません。

ここまで経由してきたバス停をたどり、その延長線上に目的地があれば、よしとするのでしょう。

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でも、停留所が近づいてくると、前方の電光掲示板に、停まるバス停が、表示されます。

これ見ると、安心です。

てことは、前に乗ったほうが、いいですね。

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JCOH仙台病院、って。

前に、行ったなあ。

この日も、何人か、降りていかれました。

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「北根二丁目・仙台文学館」は、そこから、ふたつめ。

このとき、降りたのは、筆者だけでした。

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だいたい、25分くらいで、着きました。

320円。

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方向が、示されています。

泉中央、つまりバスの進行方向に向かってあるいて、

最初の信号で、道路をわたります。

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看板が見えていますので、迷うことは、ないでしょう。

まあでも、玄関に横付けしてくれは、しないのですね。

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てことで、到着。

入口から、建物までは、少し歩きます。

少し、上り坂です。

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谷のような地形を利用した、おもしろいレイアウトです。

谷川を、建物がまたいでいる。

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ちょっとした散策気分の、アプローチです。

幹線道路から少し入っただけですが、雰囲気がまったく違いますね。

自然の中、という感じ。

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谷から、少し上って、建物にたどり着く形になります。

まだ新しいのか、キレイですね。

  **

今回スミマセン、特に文学に興味があって来たわけでは、ないのです。

交通研の活動の、一環でして。

4月から、仙台駅前バスプールで、わかりやすい路線図・時刻表の提案掲示を行うのですが、それに使う、写真とりのため。

外観の写真を撮りに来たのでした。

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高名な作家さんの展示もあるようなので、

たまには訪れてもいいかもしれないな、と思いました。

また来ます。

 

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2018年4月 1日 (日)

503 クルマなくても10年!

10年かあ。

10年に、なるんですね・・。

2008年の今ころの時期、マイカーを手放しました。

そして、仙台で、マイカー持たずに、暮らしてみて。

・・・。

結論は、

・マイカーなくても、なんとかなります。

・でも不便は、不便。

・どの程度、不便を許容できるかは、何を重視して暮らすかとかに、よる。

・不便の基準は、人、それぞれ。

・特に、家がどこにあるかが、大きい。

とか、そんなかんじでしょうか。

あと。

マイカー持たなくても、必要なときに、クルマを利用できる手段は、けっこうある。

そういう手段が身近に、あるか、ないか。

たとえば、カーシェアリングが近くにあるかどうか。

そうした環境しだいで、特に不便じゃないよ、という言い方も、できると思いました。

  **

ていうか、ですね。

考えるべきは、そういうことじゃないと思います。

それはね。

クルマがないと、不便なように、世の中できている。

買い物、しかり。

仙台の公共交通の運賃の高さや、本数の少なさ、しかり。

・・・これで、いいんですか?

という疑問です。

みなさん、クルマ中心社会、いやクルマ優遇社会のままで、この先も、いくんですか?

それで、ホントに、いいんですか?

そのように、感じます。

成熟した社会?

いや~、個人個人が、移動のために、いくら費やしてるんですか。

いい仕事や、安いものは、遠くにある。

そのために、個人が、マイカー所有して、移動の費用をたくさん負担してる。

なんだか、とても無駄なような、気がしますが・・・。

  **

さて。

どのように、取り組むか、ですね。

せめて通勤には、または、中心部では、マイカーを使わなくても、快適に移動できる街。

そういうのにむけて、何かやっていこうという気持ちを新たにして。

これを10年の到達点の一つとしたい、と、思います。

 

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2018年3月25日 (日)

502 春はジャガイモ植え付けから

冬は、雪が多かったのですが。

仙台は、3月に入って、急激に暖かくなってきました。

まだ早いけど、まあ、いいか。

ジャガイモの植え付けに、行ってきました。

毎年のルーティンに、なってますね。

この記事も、去年のコピペですか?てな風情。

まあ、いいか。

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メンバーも、同じ。

毎度の、ダンシャクと、キタアカリです。

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教科書だと、ジャガイモを半分に切って、切り口を、かわかす。

でも、そんなこと、したことありません。

その場で切って、その場で植え付けるだけ。

半分すら、切らないで植えるのもあります。

それでも、そこそこ収穫できるのです。

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肥料も、やらない。

水も、やらない。

自然まかせ、です。

あと、筆者の区画は草とかで覆われているので、土中には、ミミズとか、いっぱい。

それで、それなりに栄養が、あるんだと思いますよ。

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作業終了。

梅雨明けの頃、収穫できます。

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貸し農園までは、自転車で、15分か20分くらい。

太白大橋をわたって、通います。

昨シーズンは、ジャガイモ、じつはイマイチの出来でした。

今年は、どうかな。

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↑写真は、おととし、2016年の収穫から、一コマです。

美味しいんだ、これが。

今から収穫が、楽しみです。

 

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2018年3月18日 (日)

500回記念■コレクティーボの話(2)

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(↑チチカカ湖の朝日を眺める筆者。平成4年当時。)

  **

リマの街なかは、それなりに碁盤の目のように、通りが交差していました。

コレクティーボのルートは、通りごと。

縦横に、網の目状に、設定されているようでした。

例えば、仙台なら。

縦は、五橋から北仙台まで、行って帰ってくる、東二番丁通りルート。

高等裁判所のあたりから東北大学病院まで、行って帰ってくる、西公園通りルート。

横は、仙台駅から青葉城跡まで、行って帰ってくる、青葉通りルート。

花京院あたりから市民会館まで、行って帰ってくる、定禅寺通りルート。

などなど。ってとこでしょうか。

そうした広い通りごとに、コレクティーボは、ひっきりなしに走っています。

だいたい、フォルクスワーゲンか、ドッジのワンボックス。

あるいは、ハイエース、タウンエース、キャラバン、そんなかんじ。

交差点ごとに、一応、停留所が設定されているようでした。

乗りたいときは、走ってくるクルマに向かって、手を上げます。

すると、わかった今いくぜ、

てなかんじで、ヘッドライトをパチパチとパッシングして、近づいてくる。

かなりのスピードが、出ています。

止まるときは、急ブレーキ状態。

で、ガラ―っと、わきのドアが、あきます。

ドア開け係は、子供の場合も多いようです。

はいはい降りるよ!

乗ってね乗ってね!

モンテリコ行きだよ!

みたいなことを、連呼します。

口調は、バナナのたたき売りみたいなかんじ。

威勢がいい。

口笛をピュルピュルピュル、とやる。

発車オーライ! てな意味なのでしょう。

アップテンポ。

一言でいえば、ハイテンション・公共交通機関。

これが、ラテンのリズムなのか。

血わき、肉おどるかんじでした。

定員は、・・・

信じられないくらい、乗せます。

助手席には、2~3名。

後部には、横に4~5名。

座席は、列の場合も、対面の向かい合わせの場合も、ありました。

運賃は、一律。

降りるときに、ドアの開閉係に、支払います。

↓当時のメモです。

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乗客は、多くの場合、フレンドリーで親切でした。

乗るときに「博物館は行くか」と確認したのを、みんな聞いていた。

それで筆者が一つ前で間違えて降りようとすると、一斉に「まだだよ」「次だよ」と、教えてくれる。

(グラ―シャス。)

かと思うと、一斉にうつむき、胸の前で十字をきりはじめる。

外を見ると、教会の前を、通過したのでした。

 **

たぶん、コレクティーボは、1台ごとの個人営業なのかな。

運転手と、ドア開閉兼運賃あつめ係(要は車掌?)のコンビです。

親子でやってるとか、兄弟っぽかったり。

どのクルマも、個性的。

ダイヤなんてなく、てんでに走らせています。

そういう意味では、タクシーに近い。

でも、どのクルマがどのルートを受け持つかは、決まってるみたい。

(フロントガラスに、ペンキかなんかで、ルート名が書いてある。)

一言でいうと、混沌。

でも、楽しい。

ちゃんと市民の足として機能している、庶民の味方の交通機関だと思いました。

リマだけでなく、中南米の都市には、ふつうにあるみたいですね。

また、都市間の長距離を走っている場合も、あるようです。

チリに行くと、アリカとかサンチャゴの都市では、普通の乗用車がコレクティーボとして、走っていました。

旧型のサニーとか、そういう車両です。

これも前に2人、後ろに4人とか、平気で乗せていた。

オモシロイ。

筆者の公共交通観の根底には、これがあります。

とても興味深いシステムの、乗り物なのでした。

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(↑リマの街なか。コレクティーボは写っていません。平成4年当時。)

 

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2018年3月11日 (日)

501 震災発生から7年

3月11日が日曜日(このブログの更新日)になるのは、いつ以来でしょう。

東北地方の太平洋側で、マグニチュード9の地震が発生してから、7年。

全国的に、報道などで震災の特集が多くなりますが、やはり宮城県に住んでいるだけに、いろいろな思いが頭をめぐる日です。

正直、海岸から10kmほど離れた太白区に住む筆者にとって、我が事として捉えるには、時間が経った感が、あります。

3年位前までは、仕事で海域の環境調査なども担当していたので、それなり実感は、ありました。

今は、山間部の仕事が多いので・・・。

けれども、考えてみれば、いま主に担当している仕事は、再生可能エネルギーの導入促進に、関わること。

エネルギー政策の方向性が大きく見直されたのは、7年前の震災に大きく関わる話なんですよね。

つまり、3.11がなかったら、いま担当してるような仕事は、なかったのかも。

そこに、繋がってることを、改めて感じました。

全ての方々が、一日でも早くもとの生活に戻れるよう祈念し、

自分も「できることをやっていこう」という気持ちを新たにして、

過ごしていきたいと思います。

  **

過去の記事へのリンク

番外編 3月11日 大地震

http://trans-p.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/311-dd3e.html

番外編5 震災から1ヶ月

http://trans-p.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/51-ac24.html

188 震災発生から1年

http://trans-p.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/1881-e6a9.html

240 震災発生から2年

http://trans-p.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/2402-af3b.html

292 震災発生から3年

http://trans-p.cocolog-nifty.com/blog/2014/03/292-4987.html

345 震災発生から4年

http://trans-p.cocolog-nifty.com/blog/2015/03/3454-2f45.html

397 震災発生から5年

http://trans-p.cocolog-nifty.com/blog/2016/03/397-c8cf.html

 

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